KAIGAN開発ストーリー

無料で使えるMA(マーケティングオートメーション)ツールとして、
BtoBマーケティング・セールス業界に新しい風を吹かせているKAIGAN(カイガン)

なぜ、KAIGANの開発に着手したのか?
KAIGANを通じて提供したい価値は何か?
KAIGANの目指す世界観は何か?

そのストーリーを運営者会社であるタクセル代表の田中亮大氏と、
KAIGANの生みの親である開発ディレクターの米原康行氏の対談の様子を記事化した。

タクセル株式会社
開発ディレクター
米原 康行(よねはら やすゆき)

1982年6月 山口県山口市生まれ
バンドマンを目指し楽器屋で働くなどしたが、道半ばで一般企業に就職。
30歳の年に、平凡から脱したいと決意し、家族の心配を脇に思い切ってベンチャー企業に転職。
それが、日本の社長.tvを運営する株式会社ディーノシステムだった。
その後、地場印刷企業に転職するも、更なるチャレンジをするために、タクセル株式会社に入社。
MA事業の企画案を持ち込んだ張本人で、いわば、KAIGANの生みの親。

タクセル株式会社
代表取締役
田中 亮大(たなか りょうだい)

1985年9月 山口県萩市生まれ
大学卒業後、外資系製薬会社に入社。
その後、複数社のITベンチャー企業創業/経営に携わる。
(日本の社長.tvの営業統括や営業用Web会議システムの販売会社社長など)
2016年にタクセルを設立し、現在に至る。

KAIGANの起源は、米原と田中の出会いから

(田中)
思い返せば、康さんが、日本の社長.tvを運営するディーノシステムに入社した2012年が最初の出会いですね。
あの頃、僕が27歳で、康さんが30歳。ゴリゴリのイケイケのTHE営業マンだった自分の部署に配属されて、さぞ、ビックリしたことでしょう。
独身だった僕は、妻子持ちだった康さんの環境も鑑みず、全国展開で急拡大だった組織で、全国に飛ばしまくっていた記憶でしか無いです・・・改めて、すみませんでした。

(米原)
いやいや、謝ることでは無いですよ。むしろ、非常に良い経験をさせてもらいました。
日本全国の社長たちに会えることは、社長.tvで働く特権でした。
そして、亮大さんの実施してくれていた営業の勉強会が本当にタメになっていて、
私以外の、当時のメンバーも、そこで学んだスキルやノウハウが今の仕事で活きていると言っています。

(田中)
当時の僕らは、インサイドセールスとか、マーケティングオートメーションとか、CRMとか、そんな言葉は知らなかったけど、
福岡のコールセンターから非対面で開拓していたし、DMの反応率を解析し対応を自動化していたし、ファイルメーカーを自分たちで使いやすいように書き換えていたし、
全部数多くの失敗を糧に、身をもって【インサイドセールス】【マーケティングオートメーション】【CRM】の実体験を積み重ねていましたね。
そして、何より、【フィールドセールス】としてのクロージング力、勢いが半端なかった。
あの頃叩きこんだ仕組やノウハウは、今でも、どの会社より作りこんでいた自負がある。

2012年~2014年の2年と少しの間で、全国に5,000社開拓したわけで。
ID/Passを発行して終わりのクラウド型サービスでなくて、全部、社長に取材するという、
今同じことをしろと言われたら完遂できるか分からないくらいの数値をたたき出していた。

(米原)
確かに、異常なまでに凄かったですね。
アイスブレイクすら、マニュアル化されていて、面談設計シートやら、全ての反論処理をマニュアル化したセールスステップとか。
やっぱり、最後は、社長への情熱、想いの強さが必要で、もちろんそれは大切ですが、属人的な部分が残っていたことは否めないですね。

(田中)
もちろん、フィールドセールスの最後は、熱意や想いは必須だけど、振り返れば、もっと見込客育成、管理、創出部分は仕組化できましたよね。
2012年だったので、マルケトも日本進出前で、今のMAツール、KAIGANが当時あったら、もっと凄い数値をたたき出していたと思う。

(米原)
ディーノ時代に、ライフプランを立てて人事面談するということがあって、そこで、亮大さんと単なる営業マンで終わるのか、手に職を付けるのか?という話になりました。
もともと、プログラミングには興味があったので、この時期から独学で学ぶようになっていました。
社長.tv時代の営業経験と、プログラミングへの興味が、後のKAIGANに繋がっていく、まさに、振り返ると、点と点と、線になっていて、感慨深いです。

(田中)
何か、技術を見せつけたい!このプロダクトを使ってみろ!という技術者目線ではなく、自分達が欲しかったプロダクトを作っている、という感覚ですよね。
本当に、寝食惜しんで働いた没頭した社長.tv時代の経験は、KAIGANの原型ですね。

2年ぶりの再会でマーケティングオートメーション談義が大盛り上がり

(田中)
その後、僕も、康さんも日本の社長.tvのディーノシステムを離れ、それぞれ新たな道に進んでいました。
康さんは、福岡の地場の有力な印刷企業に、僕は、ベルフェイスを立上げ、販売会社の社長を務めるなどし、引き続き、インサイドセールス、BtoBマーケティング・セールス領域にどっぷりでした。

社長.tv時代は、日本全国、地方の中小企業がメインクライアントでしたが、ベルフェイスでは、東京の最先端のIT・Web系企業がクライアントに変わり、社長.tv時代の経験がどこまで通用するのか、ワクワクしながら毎日を過ごしていました。
その後、インサイドセールスBPOを行うタクセルと設立し、これからもBtoB領域で自分のキャリアを築いていこうと決めていましたね。

(米原)
亮大さんは、ディーノシステムを辞めた後、東京に行っていましたので、活躍はFacebookで見るくらいでしかなく、たまたま福岡に出張のタイミングで元ディーノシステムのメンバーで飲みに行きましたね。
たぶん、直接会うのは、2年ぶりくらい。

亮大さんの口から出てくる、
インサイドセールス
マーケティングオートメーション
リードジェネレーション
リードナーチャリング
リードクオリフィケーション
などの横文字が新鮮で、興味しか無かったです。

正直、どれも聞いたことなくて、その日も、その翌日も・・・
ネットサーフィンしまくり、本屋で片っ端から関連本を買い、
海外のサイトまで見ても回って、
数年ぶりに、ワクワクして、時間を忘れて調べていました。

(田中)
再会した数か月後に、また福岡で飲みましたね。
その時に、康さんのインサイドセールスやマーケティングオートメーションに対する知識や、海外の最先端の情報に驚きました。僕より、詳しかったです。
今のKAIGANの原型となるマーケティングオートメーションのモック(簡易的な企画書)を見て、これはタクセルとしても大きな相乗があると確信しました。良かったら、タクセルで事業化しませんか?つい無意識に声に出していたことを覚えています。

(米原)
実は、最初は、勤めていた印刷会社に提案したのですが、なかなか理解してもらえず。そのことを亮大さんに相談すると、タクセルでやりましょう!と声を掛けてくれた。
また、社長.tvの頃のように忙しいながらも仕事にワクワクした日々を過ごすことができるとジーンときました。また、当時の亮大さんとも価値観が変わっていて、結婚し子どもも生まれたことに起因し、「大切なことを、大切にできる働き方を」と掲げている経営方針にも大きく賛同できました。
一緒に苦楽を共にした人と、数年後にまた働ける、とても感慨深いです。

(田中)
素直に嬉しかったです。
社長.tv時代の仲間は、今でも、それぞれ自分で独立したり、会社は変わっても、定期的に飲んだり、会社間で仕事を依頼し合ったり、今でも大切な仲間です。それが、また同じ会社で働ける、こんな嬉しいことはないです。

KAIGANの命名は、博多駅のスタバにて

(米原)
その後は、早かったですね。
すぐに、開発に着手し、最初は、上手くシナリオが設定されない、メールが開封してもリアルタイムで測定されないなど、数々のハグを乗り越えていきました。
命名も一緒にやりましょう!と決めた翌日、亮大さんが東京に戻る飛行機の前、朝早く博多駅にスターバックスに集まりブレスト会議を実施。
二人で全く意見が一致していたことは、海外っぽい名前でなく、こてこての日本語、さらには、仏教語で付けたいと偏った考えでした(笑)

(田中)
輪廻(リンネ)とか、阿闍梨(アジャリ)とか、千手(センジュ)、因果(インガ)、遍路(ヘンロ)とか・・・日本人に馴染みがあり、神仏習合思想の国であり、ビジネスを超えて社会に浸透するプロダクトにしたかったので、この路線で考えました。
結果、クライアント企業も、MAツールを使って働く人も、関わる全ての人が、仕事に、人生に開眼して欲しいという願いを込めて、KAIGAN(開眼)と名付けました。

(米原)
KAIGANを敢えて無料化したのは、ツールで収益を求めるのではなく、周辺のサポート業務(シナリオ設計、コンテンツ作成、システム設定)で費用を頂きたいから。そうすることで、場所にとらわれない働き方を享受できる人が増えます。
このような新しい職域を広げるとこがKAIGANでできれば、日本人の働き方も開眼できるわけです。

(田中)
無料とはいっても、プロダクト開発には一切の妥協はせず、無料なのにここまで!?と常にユーザーへ驚きを与えられるように、海外のマーケティング情報も常にキャッチアップし、日本ローカライズしていきます。
また、もちろん日本独自の商習慣に合わせたプロダクト開発を行い、海外製が多いMAツールの中、完全なる営業目線、現場目線での開発を進めていきたいと思います。